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水木しげるロードの歴史

小学生5・6年生が「水木しげるロードの商店街」をテーマに調査研究を行うために取材に
店舗にきました。
水木しげるロードの生い立ちや、グッツの製作販売など小学生の目線での質問がありました。
その中で突然「この商店街は、水木ロードが出来る前はどの様な様子でしたか??」と聞かれたとき
「君達知らないの?」 「まだ私たち生まれていなかったです」
この子達が生まれる前に既に水木ロードは誕生しており「犬・猫通り」と言われた状態の商店街を知らないノダ・・・・とハツト!!気がついたとき「水木しげるロード」が出来て既に15年の年月が経過したことをしみじみと感慨深く可愛い小学生の取材で感じました。
街づくりにおいて、その町の文化・シンボルとして認知されるには10年から15年の歳月が必要となるのだと認識を新にし、これからの街づくりの企画・実践に生かして生きたいと感じました。


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ああ!!フィッシャーマンズワーフ

本日、野暮用で四国に向かう途中で瀬戸大橋を通行しておりフト見ると眼下に「フィッシャーマンズワーフ」の看板が目に入り立ち寄ってみました。
境港に荷揚げされる日本海の魚と違って瀬戸内海の魚を所望しようと店員さんに「フィッシャーマンズワーフの魚」を注文しました。
帰ってきた答えが「ここには魚が無いのです!!」
「エエ!!!ここはフィッシャーナインズワーフですか???」と思わず笑ってしまいました・・・・
・・・・ワハハ本舗提供
海の妖怪(海女房)に騙されたようです。

若者の妖怪談議

昨日、若者3人が倉吉から米子まで列車の中で妖怪談議をしながら大変盛り上がったと聞きました。
特に《妖怪チン○○》が少年時代からお気に入りの妖怪であり、
ついつい・・・列車の中とは知りながら「妖怪チン○○・・・妖怪チン○コ・・・・妖怪チ○ポコ!!!!」と声を張り上げていたら女学生に異様な目で見られた・・・・・・と米子の居酒屋での打ち合わせの
席でまた盛り上がったのでした。
このような妖怪はあまり知られていないと思っておりましたが、
この若者たちの妖怪感度としてしっかりねついている感じたときに水木先生の作品の奥深さを改めて感じたのでした・・・・・

目玉おやじまんじゅう誕生

この夏、《目玉おやじまんじゅう》が新しく水木しげるロード名物〉として誕生しました。
特に人気のものは、鳥取県特産品の20世紀梨の果汁を使用したアンが完成しましたのでそれを使ったものです。
可愛い目玉おやじの4帯が楽しめる人形焼です。
是非、一度食べてみてください。


フト!!思うこと

彼岸の中日も過ぎ、さわやかな風にフト!!季節の移り変わりを感じます。
「水木しげるロード」は夏のザワメキが一段落しました。
この時期に季節の移り変わりを肌を通して感じたとき《太古の昔「神」が国土創造し、「妖怪」が雨・風など自然のサマを創造したものである・・・・・》と伺っており。
まさに、この時期境港の「水木しげるロード」で妖怪を眺め・触れるにつけ四季と自然を感じ取ることが出来る、この地故郷「境港」さらには「神話の国 出雲」に棲めることへの感謝!!感謝!!の念を抱くのであります。


世界妖怪会議の思い出

水木しげるロードがほぼ完成した頃に、境港から発信できるイベントの企画を練ってたときに、松江で「日愛協会」の立ち上げに携わっておりました。この協会は小泉八雲(ラフカ・デ・ハーン)の出身地のアイルランドと日本の友好を目指すものであり、松江に深く関わっていたハーンへのオマージュと日本の妖怪・怪談を通じての伝統の顕彰を目指しての立ち上げを曾孫の小泉凡さん、島根大学の語学の教授、当時の松江前市長などのメンバーで旗揚げしたのでした。
その時、私の脳裏に閃いたのが「百年の時を経て小泉八雲と水木しげるを語る・・・世界妖怪会議」の企画でありました。
第1回と第2回は境港市を会場として開催したのですが、第3回からは全国各地での開催となったのであります。
このイベントを通じ境港の「水木しげるロード」の認知度が高まったことに感謝しておりますが。
私としましては、当初この山陰をテーマと考えていたのですが当初企画案とは変わったのですが広く各地での開催での大きな効果を喜ぶべきでしょう・・・・・・か!!!!!

水木しげるロード大正川橋の鬼太郎とねずみ男

今、事務所の窓から外を眺めていると多くの観光客が水木しげるロードの中央にある大正川の高覧に設置してある鬼太郎とねずみ男と記念写真を楽しそうに写しているのが見えます。
このブロンズ像を見るたび製作過程と完成のことを思い出します。
この鬼太郎とねずみ男は水木先生がこの橋の高覧に設置するためのオリジナルなデザイン画です。
水木ロードのこれ以外のブロンズ像は、先生の出版図書:日本妖怪大全から引用したものです。
このデザイン画を描かれるのに、ほんの数分で書かれたのを目の前にして大感動したのを忘れません。
ところで、そのとき同席された先生の奥さんが「南側の高覧の鬼太郎が北側のねずみ男悪さをしないため監視していることを表現するため鬼太郎とねずみ男の目線・視線を結んだら・・・・・」
そして完成式典時に奥様が一言「黒目さん・・・目線が合っていませんね!!!」   
「スミマセン!!高覧の台座石のデザインの手違いでした。」
水木ロードのブロンズ像設置の失敗の一つです。
でも、観光客には、この情報は流れていなく、皆さん喜んで記念写真を写されてます・・・・(ホ!!)

水木プロ訪問

17日に東京の水木プロダクションに伺いいたしました。
先生に約一ヶ月ぶりにお会いしました。
いつも会うたびに「黒目さん、あんた幾つになりました?」が口癖であり。
「ハイ!!59歳になりました」
「そうですか!!髪が白くなりましたね!!」
「境港に、人が来ますか?魚は採れますか?」と地元のことを大変気にかけて頂いております。
「先生のお陰を持ちまして、年間150万人が来てくれます。魚が採れなくなったのですが先生のお陰を持ちまして境は賑わっております・・・・ありがとうございます!!」と答えますと。
「境はオモツシェ(面白い)ところが無いから、妖怪でも見にくるんだろう、もう少しオモッシェところを作らんといけなア!!!」とおっしゃっておられます。

ところで内輪話を一つ紹介します。
先生にとって、年齢と髪の毛の相関関係が気になると見えて
「黒目さん!!私とマネージャーの頭の毛がどちらが多いですか??」
といきなり自分の髪の毛を整えながら先生とマネージャー様の二人が頭を並べて突き出され私に判断してくれ・・・・・
「ハハ・・ハイ!!!ウム!!似たようなものです・・・・」と突然の質問にこのようにしか返答できませんでした・・・・ハイ


水木しげるロード策定の想い出

本日、机の中を整理していましたら15年前に水木先生とブロンズ制作の打ち合わせの写真が出てきました。
先生の絵を立体化するためには描かれていない側面・背面のスケッチ画を原型製作者・デザイナーを前に先生と協議している写真が出てきました。
15年の月日は、先生をはじめもちろん私も随分若かった写真を見るにつけ時の経過をしみじみと満月を見ながら感じたのでした・・・・・・・
明日から東京に水木先生をお尋ねする旅にでます・・・・・・・

水木しげる文庫便り

この度、水木文庫も展示内容を少々変えました。
水木文庫がオープン時に水木先生が店内の壁面と玄関横の外壁に記念の直筆サイン(特に玄関脇の外壁には筆にて鬼太郎・ねずみ男を描いていただきました)を観光客の皆様によりわかりやすく見物できるようにしました。
先生がサインを描かれている様子の写真も同時に展示しております。

また、私の出版した「妖怪になりそかなった男」に登載した先生とのツーショット写真も店内に展示しました。お茶目な先生が感じ取れると思います。

ブロンズ像の原型破損

本日は、8月中に京阪百貨店守口店にて開催しました「水木しげるロード展 ゲゲゲの鬼太郎と妖怪夏物語」で展示しました水木ロードの妖怪ブロンズ像原型が運搬中に破損してしまいました。
保険で修理を行うため写真採りにいきました。
それらのブロンズ像原型を見るにつけ水木先生と一体づつ打合せを行いながら原型製作者・デザイナーを交えながら行ったことが思い出されます・・・・・・

境港の街No4

観光地におけるトイレの問題
 平成5年「水木しげるロード」が出来上がってから突然観光客の多くの方々が訪れて、犬猫通りに人間があふれ出したとき全く予期しない生理現象を考えていなかったのでした。
あわてて各店舗を廻って観光客の方にトイレの提供をお願いしたのでした。
提供いただける店舗に出向きわざわざトイレまで上がらせて頂きご了解を得たのでした。
しかし、それだけでは対応できず市役所で公衆トイレ整備の計画を立てたのです。
第1弾が水木しげるロードの中央を流れる大正川に蓋を架けその上につまりは「水上トイレ」のごとく設置を考えたのです。しかし、構造上と経費が著しく高価になるため隣接する候補地を選定したのです。
それは、タクシー会社の駐車場でありなかなか了承が得られないのではと心配してタクシー会社の社長にお会いしたのです。
ところが、その社長の娘さん(伊藤ゆう)が漫画家であり以前私が境港市民会館で「水木しげる・伊藤ゆう漫画展」を開催したことをご存知であり。
あっさり、社長から了承を頂き水木しげるロードトイレ第1号が完成したのです。
観光客の皆さんトイレをご使用の際には、十分にエチケットを守ってください!!!!!
お願いいたします。

境港の街の風景

本日、「水木しげる文庫」の向かい側の理髪店のオナーが一反木綿(約3メートル)を店先に吊るました。
正面には散髪職人鬼太郎の絵とその上空を舞い右手には櫛、左手にはハサミを持った一反木綿に仕上がりました。
以前の一反木綿が古くなったのでこの度リニューアルしました。
是非、写真のスポットとして人気のある理髪店です記念写真を写してください、とても良いオナーと奥さんです、きっと喜ばれると思います。

鬼太郎自動車広島福屋に出向く

今月11日(木)から16日(火)までJR広島駅前の福屋にて「鳥取・島根物産展」が開催されます。
物販ブースに「鬼太郎グッズコーナー」を開設しますがそのメインに「鬼太郎自動車」が境港から出かけて行きます。
現在、完成した自動車の車体に鬼太郎をはじめ目玉おやじ、鬼火、ぬり壁、一反木綿が登場する予定です。
この展示会でデビューしますのでお楽しみにしてください!!!!!
併せて、出品のグッズは「水木ロードオリジナル」を中心に販売します。

境港の街No3

私が小学生の頃、美術学生の小灘一紀さんが毎日我が家の前を行き来されていたのを思い出します。子供の頃から同じ町内に住んでおられ洋画を描く学生さんと聞いていたので子供ながら羨望の思いがあったのです。実は私は子供の頃から野原を一日中駆け巡り戦争ごっこ、チャンバラごっこなど文化には全く関係なく体育系の子供であったのです、そのことは水木先生の子供の頃の遊びを受け継いだごとく毎日遊びまわっておりました、水木先生お会いしたときにふるさと境港の事に合わせ子供の頃の遊びについて盛り上がった事を思い出します・・・話がそれました!!!!
ところで小灘先生ちは日展の会友として活躍されていた頃、出会う機会が訪れ氏曰く「現在の、自分の作品の背景、構成など基本・バックボーンはふるさと境港の弓浜半島が織り成す白砂青松である・・・・」 先生のあの素晴しい作品の基礎がふるさと境港の風景であることを聞いたときに改めて感動したことを覚えております。
そのようなことがあり、平成元年の第1回「ふるさとを語る文化フォーラム」のゲストとしてお迎えし街おこしのヒントを小灘氏からも頂いたのでした。

境港の街No2

「八雲たつ風土記の里」とは一日にして8回の雲の様が変化する自然現象の変わる風土であると言われている地域で四季の自然が織り成す風情と白砂青松の海岸と大山(だいせん)の眺望が日常生活に溶け込んでいる地域であり、その様々な景観と人々の生活が織り成す風景を作品テーマとした世界的写真家植田正冶先生、作品は白と黒のもたらすモノトーンの世界が基本であると感じております。
来年あたりに植田正治先生の生誕百年特別展がヨーロッパから始まり世界中を巡回後日本各地で開催されると聞いております。
”植田調”と言われ、郷土境港を活動の場として独特の世界観を生み出されたことを顕彰することで境港の街づくりのヒントにもなることもあるのかと考えております。

境港の街おこし

平成元年・・・「ハードからソフトへの返還」の時代に境港も行政全般を文化的視点での施策を進める事となったのです。
そのための第一歩の取り組みが境港出身の文化人による「ふるさと境港を語る」文化フォーラムの開催を企画したのです。
参加頂いた先生は5名(水木しげる・遠藤芳邦・植田正治・小山律子・小灘一紀各氏)にお願いしたのです。
今思えば、この5名の先生のふるさとを思う気持ちと思い出の中に街おこしのヒントがあったのです。
《遠藤芳邦先生》(千里市民管弦楽団団長・境高等学校応援歌作曲家)は・・・・・
 境港市と美保関半島(現在松江市)を結ぶ重要交通体制は境水道大橋が完成する以前は境水道を航行する渡し船(俗に言う・・・ポンポン船)で通勤・通学など日常生活の交通手段であった、私も松江の大学に通うために良く利用させていただいていたものでした。
遠藤先生曰く「この渡し舟の汽笛の音・・・・ポンポンポンが、晴れた日、曇りの日、雨の日、雪の日と毎日違う音と様を耳にしていた。」
このように故郷をこよなく愛する素晴しい感性の遠藤先生の音楽家としての感性を活かす、つまりは境港の原風景と音が繰りなす街おこしが出来たのかもしれません・・・・・!!!
 

観光カリスマ取り下げ

9月1日付で私に対して国土交通省認定の観光カリスマの取り下げが発表されました。
認定の基準はそれぞれ街おこし・観光振興取り組んできたことに対して国土交通省が全国で百人を認定したものでした。
私の選定理由は「水木しげるロード」の企画・実施を評価されたものでした。
私は、25年間の行政マンを過ごし企画財政部門が専門で観光の部門に携わった経験も無く「観光カリスマ」に戸惑いを感じていたのです。
認定されて4~5年間に数回各地での町興しの講演を行わせていただきました。
講演を通じて熱意が伝わってくる地域、伝わってこない地域を感じ取ることが出来ました。
しかし、様々な講演で感じたことは日本全国どこでも町興し、地域おこしのポテンシャル・磨けば光る素材の存在とその地域のスケール感を通じて様々な知恵を頂きました。
これらの体験が、今後町興しに取り組んでいくことが私の永遠の夢であり「観光カリスマ」として活動できたことは大きな財産を多くの人から頂くことが出来ました。
これらの貴重な体験と様々な人々との出会いを大切に、「観光カリスマ」から解放されて自由な発想と行動で必要とされる地域に飛んで行きたい・・・・・・・・!!!!

本日より妖怪ブログ開始です

こちら、鳥取県の境港・・・・・・「水木しげるロード」からの発信です。
今日は、気温も下がり外は雨が降ってはいますが大変過ごしやすい日です「妖怪の町」に引かれた人間????が彷徨っております。
今から20年前、水木しげる先生に惚れたことから「水産の街」が「妖怪の街」へと変貌していくのでした・・・・・・

プロフィール

黒目友則

Author:黒目友則
「水木しげるロード」を企画・実施し、境港を妖怪の街として全国発信を行ってきました。現在は、各地で講演会や街づくりの企画を行っております。また平成17年4月に「水木文化」と「妖怪学」の確立を目指すための会社を立ち上げ山陰境港から全国はたまた世界(異界までにも)に発信していきたいと思っております。

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